鬼石(酒呑童子)
二本松市・大玉村

 ある日のこと、手ぐすねひいて待つていた渡辺綱に、片腕を切り取られたのですが、童子はお婆に変装して、腕を取り返して、大江山に逃げ戻りました。その後、都を守る源頼光等によって、大江山攻撃の手がのびると、かなわぬとみて、大江山をすて、故郷の安達太良山を目指して逃げましたが、都から追いかけて来た頼光に、本宮をすぎると間もなく追い付かれ、「えい。」というするどい気合一太刀で、首をはねられてしまいました。故郷へ帰りたいという思いが強かったせいか、首は、遠く、原瀬村の才木までとんでいったといいます。むかし、自分が運んできた、鬼石のところまでといわれています。死骸は埋められ、又頼光が乗ってきた馬も倒れ、その場所を「馬尽」といいます。二つの墓は、近くの寺に移されました。その寺の名を、鬼松山来迎寺といいます。

 

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