ずっと昔、阿武隈川のほとりに広がる安達ケ原は、一面芒に覆われた寂しい所でした。そこに松や杉の茂る丘があり、麓の岩屋に「いわて」という名のお婆が住んでおりました。
いわては、かつて京の都の身分の高いお姫様の乳母でしたが、そのお姫様は生まれつき話をすることができない、言葉に障害のある人だったのです。いろいろ手を尽くしても治りません。しかしそんな時、
「母親のお腹にいる赤子の生き肝を食べると治るのだ。」
と、ある占師が予言したのです。いわてはそれを聞き、お姫様のためならばと、生き肝を求めてはるか陸奥へとやって来たのでした。
しかし赤子の生き肝など、おいそれと手に入るわけはなく、いたずらに過ぎ去る年月──。
そんなある年の秋のタ暮れ、旅姿の若い夫婦が、岩屋の前に姿を見せました。
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「私は生駒助と申す旅の者ですが、妻が腹痛で難儀しております。どうか一夜泊めていただけないものでしょうか。」
見ると若妻の腹はぷっくとふくらみ、今にも赤子が生まれそうな気配。とたん、ぎらりと光るお婆の目、待ち続けた時が来たのです。だが、高ぶる気持ちを抑えつつ、
「ささ、むさ苦しい所じゃが、どうぞどうぞ。」
と二人を岩屋に通しました。しかし落ち着く間もなく苦しみ出した若妻。
「ほれ、お前様は薬を求めに里へ行きなされ。」
こう言って生駒助を使いに出したお婆は、手に持つ出刃でいきなり若妻におそいかかりました。ほと走る血、苦しみもがく若妻、赤子の生き肝をむしり取るお婆、すべて一瞬の出来事です。だがその時、何かを訴えたげな虫の息の若妻の声──。 |