布沢の衣掛け松
二本松市

 昔むかし、大昔のこと、野や山は霞に包まれ、遠く西の方の山々もかすんで見える、春も遅い暖かい日が続く或る日の事でした。

 若い弁天様は、木の芽のふくらむ音や、小鳥が木から木へ移りさえずる声にじっとしていられず、美しく着飾つて羽衣に身を包み、青い空に向かって飛び立ちました。

 あしばらくして、木のあまり生えていない山にふんわりと降りてみました。白猪森です。白猪森は、ロ太山とこの里で一番高い麓山(羽山)の間にあり、網代傘を伏せたような形で、上の方は平らで広い所だったといいます。山一面に赤や黄色、白など色とりどりの花が咲き乱れ、蝶も交じり飛び、西山の残雪ほ灰色に変わり、弁天様は、ただ呆然とその素情らしい景色を眺めておりました。

 弁天様がふと足もとを見ると、そこに拳を挙げ、弁天様を呼んでいるかのような形をした草が生えていました。初めて見る草で、蕨とは知らず、物珍しさからひと抱えも摘み続けました。

 

そうしているうちに蕨の根元に生えていた茅で、さっと指を切ってしまいました。「痛い、ああ痛い。」と言っているうちにも、白い肌の手は赤く染まり、せっかく今まで喜んで採った蕨を、「いまいましい、こんなものを摘んでいたから、こんなことに。」と、辺り一面にまき散らしたといいます。それからこの辺りは、白猪森でも蕨が生えない所と伝えられています。

 怒りも鎮まらぬまま、弁天様は再び西の方を目指して飛び上がりました。見下ろすと、樹々の芽が美しく口を開き、弁天様に声をかけてくれているようでした。幾山か越えて山の間を見下ろすと、水がこんこんと湧き出ている所があったので、弁天様は、そこに静かに降り立ちました。そこが柿沢の鳥井戸だと伝えられています。弁天様が、そのきれいな湧水で手を洗うと、いつしか痛みや出血も止まって、もとの手のように美しくなったといいます。でも、先刻の事がまだ心に掛かって忘れられず、落ち着けずにいたせいか、井戸尻の泥水の中に滑り落ちてしまったから、さあ大変。

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