布沢の衣掛け松
二本松市

打掛け羽衣、薄絹や飾り物、果ては下着まで泥だらけになってしまいました。「ああ、今日はなんという悪い日だろう。」思えば思う程、泣くにも泣けず気を落としていました。

 しかし、しばらくして漸く心も落ち着きましたので、弁天様は、沢の流れまで下りてみました。すると、枯れ草の間から春の雲の影を静かに映している小さな池がありました。水のきれいな美しい沼でしたので、弁天様は、着物を着たまま池の中に入り、丁寧に一枚ずつ衣を脱いでは洗い、一つまた一つと絞り上げて、しまいには一系もまとわぬ姿になっていました。こんなところを誰かに見られでもしたら大変です。弁天様は、そっと辺りを見回してみました。幸い、誰もいません。背伸びして見てみますと、少し高い山に、日当たりも良く、枝ぶりの良い傘松がありましたので、「そうだ、あそこにしよう。」と、弁天様は、独りつぶやきながら細い坂道を登ってその松に衣を干しました。裸ですから、恥ずがしさをこらえて松の根元に身を隠し、布の乾くのを待っていました。

 

 陽の光は弁天様の頭近くまで高く上がり、風は静かに花の匂いをゆすりこぼすように吹いて、いつしか昼間近くになっておりました。

 その頃です。薪を背負い、口笛を吹きながら愛宕山の方から下って来る若者がおりました。若者が松の木の下にさしかかりますと、いずこからともなく、雅やかな音楽が静かに流れ響き、得も言われぬ不思議なかぐわしい香りに包まれましたので、思わず立ち止まってしまいました。若者が静かに見回しますと、美しく伸びた松の枝に、薄絹の天女の衣があらかた乾いて、風にひらひらとはためいているのが見付かりました。若者は、「ああ、何と不思議な美しい薄絹の衣であろう。このような着物はいまだかつて見たこともない。」と、独り言を言いながら、「そうだ、家に持ち帰って、母様に見せてあげよう。どんなにか喜ぶことだろう。」と思いながら、美しい衣を松の枝から静かに取りはずし始めました。

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