お杉さんの伊勢参り
二本松市(旧岩代町)

 いまから千年ほどむかし、京の都に精顕という若者が、菜の花の咲く頃陸奥めざして旅にでました。陸奥に着いたときは、もう秋のなかばで、紅葉の美しい山をながめながら、杉沢の里にさしかかりました。

 のどが渇いた精顕は、道ばたにこんこんと湧き出る泉を見つけ、近寄って手をさしだしましたが、泉の水に映っている娘の姿を見て、おどろいて手をひきました。年のころ十六、七の美しい娘が、愛しげに精顕を見つめているではありませんか。精顕が振り返って見ると、そこには娘はおらず、ただ、すらりとした杉の若木が一本立っているきりでしだ。精顕は不思議なこともあるものだと、また泉の水を覗き込みましたが、もう娘の影はきえうせておりました。

 その夜、精顕は杉沢の里からほど近い新殿の旅寵吉田屋に泊まりました。精顕は昼間見た泉の娘のことを思い出し、なかなか寝つかれずにおりました。

 

 夜半近く精顕は、隣の部屋に人の気配を感じましたが、泊まり客でも着いたのだろうと気にとめずにおりました。やがてサヤサヤと木の葉のゆれ動くような音がし、それがいつか、妙なる琴の音にかわり、すうっと間の襖が開き、緑色の光がさしました。精顕は思わず、床の上に起き上がり、目をこらし緑色に輝く部屋を覗くと、美しい少女が、琴を前にして座っております。まぎれもなく泉に映っていた娘でした。

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