お杉さんの伊勢参り
二本松市(旧岩代町)

 あいも見つ見られもしつつ思い川思うは後のおうせなりけり

 と娘は、琴に合わせて歌いました。それは天人のそれと思わせる、美しい声でした。精顕は思わず娘のかたわらへにじりよりました。とたんに、娘の姿も緑の光も消え、精顕は真っ暗な部屋に一人座っておりました。

 次の朝、精顕は宿の主人に昨夜の不思議な出来事を話しますと、
「おそらく、その娘は杉沢の里の杉の木の精でしょう。あなたさまに思いを寄せ、娘の姿になってあらわれたのですよ。」
と主人は答えました。精顕は半信半疑でしたが、もう一度きのうの泉まで行ってみました。
「おお、これは……。」
精顕は思わず足を止めました。辺り一面に緑の光が輝き、その中に小さな家が建っています。そして一日がすっと開き、娘が出て来ました。

 

「お待ち申し上げておりました、さあどうぞ。」
娘は恥ずかしそうに言い、精顕を家の申に招き人れました。
「そなたの名は。」
「はい、お杉と申します。」

 娘は山里に住むものとは思えぬ淑やかな物腰で遇しました。精顕はすっかりこの娘に心をうばわれてしまいました。長い黒髪、健やかそうな頬の色、若杉を思わせる体付き、そして身じろぐたびにかすかに匂うゆかしい香り。

 精顕ほ娘から離れられなくなり、お杉も精顕の行くところなら、どこへでもと言うので、旅にも一緒に連れて行くことにしました。それから、険しい山道もさびしい夜道も、寒いつめたい雪の道も、お移は黙って旅を共にしたのでした。

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