これは安達町に伝わる話である。
節分の日だというのに、日が暮れてもその家の親父は帰ってこない。
よその家ではとうに豆まきが終わってしまった頃、へぺれけに酔ってその親父が帰ってきた。ところが帰ってくるなり豆まきなどそっちのけに、上がり框に腰を下ろすとすぐ寝こんでしまった。
家の人達は夜も遅いし、豆まきをせずに寝ようかと相談をしたその時のことである。
トントン……ドンドンドン
と戸を叩き
「早く戸を開けろ。俺は節分の鬼だ。何でも喰ってやるから覚悟しろ。」
と外から大声で怒鳴る者があった。酔っぱらい親父の女房は驚いて、
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「鬼どん、鬼どん、今亭主が帰ってきたが酔っぱらって何もわかりません。酒が醒めて正気になったら、何なりと話してください。」
と言った。すると外の鬼が、
「なに!今は酔っぱらっているが、醒めると鍾馗(しょうき)になるッ! そ、それはほんとか。」
と言った。すると女房は、
「ほんとです。間もなく正気になります。」
と答えた。
「ほんとうに鍾馗になる!それでは大変だ。恐ろしいことだ。」
というと、鬼は一目散に逃げ失せてしまった。
それからこの家では、毎年、節分の日には豆をまかずに、親父は酒を飲む習慣になったということである。
(町史より一部技粋)
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